プロフィール



このブログの運営者の「たま」と申します。
興味ないかもしれませんが、簡単に自分史を語らせていただきますね(笑)

1989年12月26日 神奈川県川崎市生まれ
歯科医師の父と専業主婦の母の間に生まれ、比較的裕福な環境で育つ。
人付き合いがあんまり好きじゃない……

幼少期

  • 小さい頃から「全然騒がない大人しい子供」と周りから言われる。
  • 食べ物の好き嫌いが激しかった。マックしか食べない(笑)

小学校

  • 低学年のとき、給食が食べられなくて泣いてた(笑)
  • 小6のときは150cmで55kgというおデブさん。
  • 頭は良い方で、都内の中高一貫校を受験。港区のS学園に入学。
  • 将来の夢は父に憧れて、歯科医師になること(でした)。

中学〜高校

中高6年間

S学園はそこそこの進学校で、生徒の半数は滑り止めで早稲田・慶應に入学するレベル。

中学の頃は学年300人中、上位100位に入る成績(中途半端)
高校にあがると落ちぶれて、下位100人に入ってしまう……

  • 英語と数学は偏差値70あるけど、それ以外の科目は40前後という極端な成績。
  • 理系コースに在籍していたものの、高3の夏休み前に文転。
  • 「俺頭良い」と勘違いしてて、現役時の受験は全敗。

……部活もやったりやらなかったりで、正直この6年間は思い出がない。

1年間の浪人

地元の少人数制予備校に通う暗黒時代(笑)

  • 慶應大学経済学部が第1志望。英語と数学しか勉強しない。
  • 夏休みに慶應A判定を取ったあたりから、油断して遊び出す。
  • 結局浪人時も全敗……

もう1年浪人か……正直キツイ……

特に行きたくなかったけど、日本大学商学部の3月入試とやらを見つけ受験してみる。

2週間後の合格発表は友達と雀荘で麻雀を打ちながら確認(笑)

……合格

(もう浪人は無理や……)

こうして、日本大学に進学することに。

大学生

大学生活

  • 170cm、55kgのスリム体系に(受験のストレス?)
  • 相変わらずの人見知り。
  • 「このままじゃ何も変わらん」と思い、学園祭の実行委員会に。
  • 実行委員会では会計局の局長に。通称裏ボス。
  • なんか地元のボウリング場でアルバイトしてた。

結果的には、大学生活の大半を学園祭の実行委員会のコミュニティで過ごすことに。
めちゃくちゃ楽しかった!

大学の授業に行く暇があれば、友達と雀荘へ(笑)
なぜか効率よく授業の単位は取ってしまう。。

麻雀強すぎて、1年生のときから「雀士」のイメージがつく……
一人だけ、先輩やOBがいる麻雀の場に呼ばれる。

あとは、飲み会・カラオケ・ボウリング・ドライブなど、ふつーの大学生してた。

就職活動

3年生の後期になると、就活が迫ってくる。

やりたいことなんもない。

……でも、自分は営業より、経理とかの方が向いてるかなぁーと考える。
経理=簿記という短絡的な考えで、日商簿記2級を取得。

……しかし、「新卒の男に経理の求人などない」という現実を知る。

……就活めんどくせぇ!

なんかいろいろあって、卒業後は法律の専門学校に行くことにした(=就活から逃げた)

法律の専門学校へ

  • 下は18歳、上は28歳とさまざまな年齢層のクラスメイト。
  • 「喫煙組」と称し、仲の良い5-6人のグループができる。
  • 一応勉強もしてて、1年次に「宅地建物取引士(宅建)」の資格を取る。
  • その後、仲の良いグループが次々と学校を辞める。

宅建を取ったことで、燃え尽きてしまい、学校に行く意味を見出せなくなる……
自分自身も学校に行かなくなりフラフラ(最終的に中退する)

父がそんな自分を見かねて、建築関係の会社を紹介してくれることに。
こうして25歳で初めて社会人になる。

地元の建築会社(1社目)

  • 地元でそこそこ有名な建築関係の会社に入社
  • 現場監督と不動産営業を経験
  • ……よくわからないパワハラを受けて休職
  • 1年くらいで逃げるように退社

……あまり思い出したくない過去(笑)
(ここを退職したあとは、雀荘メンバーをしたり、働かない期間があったりした)

1年くらいの空白期間を経て、「このままじゃまずい」と思い、都内のエンジニア養成スクールに通う。
あっさり内定もらってインフラエンジニアとして就職。

都内のSES企業(2社目)

  • サーバーの保守・運用を行うインフラエンジニアとして就職
  • 本社で1ヶ月研修したのち、他企業でSIerとして勤務
  • ……よくわからないパワハラを受けて休職(デジャブ)
  • 4ヶ月で退社

……あまり思い出したくない過去(デジャブ)

その後、いろいろとご縁があって、ボウリング場に就職。

……このときまだエンジニアへの未練があって、働きながらスクールに通うことを決意。

地元のボウリング場(3社目)

ボウリング場では、「新人教育」「業務の効率化」といった仕事を担当。
お客さんとの距離も近く、結構楽しい職場だった。

ただ雇用条件がグレーすぎて……(詳細は割愛)

そして、入社2ヶ月後の2018年の11月より、渋谷のプログラミングスクールDIVE INTO CODEへ!
HTML・CSS / JavaScript / Ruby / Ruby on Railsなどを学び、オリジナルアプリを作るというコース。

しかし、勉強開始2ヶ月で挫折(笑)
1ヶ月間プログラミングから距離を置くも、「お金も払ったし、形だけでもやり遂げよう」と勉強復帰。
2019年8月、スクールを無事に卒業!

思うところがあって、同年9月にボウリング場を退社。

会社員を辞めてから……

退職して1ヶ月

このまま会社員として働いていくことに疑問を持つ。

周りからはずーっと、「たまは良い意味で会社員向いてないよ」と言われ続けてきた。

「個人で仕事してみようかなぁ」
そこではやりのフリーランスという言葉が頭をよぎる。

ネットサーフィンしてるうちに「いなフリ」のサイトを見つける。。。

いなフリ(現:ワークキャリア)への参加

いなフリとは、「人生の選択肢を広げる」ために作られたキャリアスクール。(詳細はリンクから飛んでみてください)

2019年11月の千葉県金谷(25期)の回に参加。
結論から言うと、今後の働き方について見直せた1ヶ月間で、参加して良かったと思う。

参加者は20歳〜40代後半と幅広い年齢層で、年齢層が違うからこそいろいろな意見があり……
現地のフリーランスの方々もたくさんいて、会社員としての働き方しか考えたことのない私にとって、非常に新鮮だった。

今後も何かしらで関わりを持ちたいコミュニティーが1つ増えた。

そして現在……

2020年の1月1日をもって、個人事業主に!

  1. webライター
  2. サイト制作(勉強中)
  3. シェアハウス運営
  4. 麻雀屋(笑)

エンジニア向けシェアハウスの運営に奮闘中!!!

東京の八王子でクリエイター向けのシェアハウスをやってます!

試行錯誤しながらやっております……

いつまでフリーランスやるかはわからない。
また会社員に戻るかもしれない。
不安は少なからずあります。

でも「挑戦する」なら早めの方が良い。
フリーランスを辞めるのは、「もうフリーランスやるのは限界かな……」と思ったとき。
特に期限は決めてません。
もう少しあがいてみます!

以上が「たま」に関する紹介でした。
……長々と読んでいただきありがとうございますm(_ _)m